●あらすじ
自他共に認める堅物役人のリンジーは美丈夫の騎士団長ユーリと対峙していた。
酔った勢いで彼女を抱いてしまったことを後悔する彼。
お互い言葉にすることなく密かに想い合っていたせいで
こじれてしまった恋の行く末は――!?

「私頑張ります。貴方と一緒にいられる幸せが待っているのだから」
愛されることを知ったレディと、 愛することを知った騎士団長の
優しくて癒されるラブストーリー第二弾!!
●立ち読み
「ユーリ様……」

この人はこういう人だ。いつだってリンジーのことを考えてくれる。
リンジーが気づきもしなかったことまでも慮ってくれて、そしてこちらが一番いい形を取ってくれるのだ。
この仕事馬鹿だと自負している自分でさえ結婚すれば仕事を辞めることは当たり前だと思っていたのに。
その優しさが嬉しくないわけがない。
官服の胸元をギュッと握り締め、もう片方の手でユーリの手を握る。

「私、仕事は好きです。財務省の仕事が大好きですし、今まで学んできたことを最大限に
 生かすことのできる最高の職場だと思っています。今まで私の一番でした。生き甲斐と言ってもいいくらいに」

誇りだった。自分の存在証明で唯一の自信でもあった。
苦しかったことも思い悩み涙を零したこともあったが、それでも涙を拭いて立ち上がったのは、
自分には仕事しかないと思っていたからだ。それだけが自分を自分足らしめるものであると思っていたから。
けれども今は違う。
リンジーの拠りところはもう仕事だけではなくなっていた。

「でもそれ以上にユーリ様が好きなんです。好きになってしまった。
 仕事を辞めることで貴方の側にいることを、妻であることを赦されるのであれば私は構いません」

迷いはない。幸せな未来がそこにあるのであれば、仕事を辞めるという選択肢は苦しいものでもなかった。
それに何も財務省の役人だけが仕事というわけではない。

「これからの私の仕事は、妻としての務めを全うすることです。 貴方と温かな家庭を作り、
二人で幸せだと笑いあえるような家を守っていくことです。これも素敵な仕事だと思いませんか?」

「……あぁ、そうだな」

握り締められていたユーリの手に力が込められ、その親指で手の甲を撫でられる。
目元がふっと和らぎ、そしてリンジーの額に口づけを落とす。不意打ちのそれにリンジーは驚いたものの、
嬉しそうな顔でこちらを見るユーリの姿にぽぅと顔に火が灯る。
だがここが執務室であることや、いつ誰が来てもおかしくない状況であることを思い出して
慌てて平静さを取り繕った。こんな顔をしていれば誰かに見られた時に邪推されてしまうかもしれない。
そうなった時に恥ずかしい思いをするのはリンジーだ。

「……ここでそういうのを不意打ちにするのは止めてください」

いまだに熱い感触が残る額を手で押さえながら抗議をすると、ユーリは楽しそうに笑いながら謝る。

「悪いな。嬉しくてつい」

「嬉しいのであれば、言葉でそう言ってくださるだけで十分です。ここで迂闊なことはなさらないでください」

「ああ、そうだな」

口ではそうは言うものの、本当にそうだと思っているのか実際のところは怪しい。
それとなく顔と顔の距離を近づけてきて、ともすれば顔を動かせばキスができるような位置にまで迫ってきている。
分かっていない。やはり全然分かっていない。

「ユーリ様、そういうことはなさらないでくださいとたった今言ったはずですが」

唇がリンジーに到達する前に手でユーリの口元を覆いそれを阻止した。油断も隙もあったものではない。
舌の根が乾かぬうちにこうやって『迂闊なこと』をしようとするのだから。

「リンジー」

ダメだろうか、と伺うような目をユーリが向けてくる。眉尻を下げた殊勝な態度。
『ウっ』と心を擽られてしまうが、ここで絆されるわけにはいかないと気を取り直す。
ここは仕事場でもうすぐ始業時間で。公私の区別は必要だし、このまま不用意にキスするなどとんでもない。
今日はあくまで話をしに来ただけだ。

「ダメです、団長」

だからわざと『団長』と呼ぶ。今は話す以上のことは出来ないとはっきりと意志を持って。
ユーリはそれが面白くないらしい。目を眇めて口を覆っていたリンジーの手をぺろりと舐めてきた。
ぬるりという生暖かい感触に驚き手を放すと、逃がすまいとユーリがその手を掴む。

「じゃあ、こっちで」

唇の代わりにこの手に口づけを。
そう意地悪く言うユーリはゆっくりと見せつけるようにリンジーの指先や手の甲、
手首にまでリップ音を立てながら口づけを落としていく。リンジーはその様を見つめながら全身を真っ赤にし、
手を震わせながら動揺を隠せなかった。

「あ、あの……、だん、団長……?」

「ウォルスノー」

「は、はい……」

薬指の指先にチュッと口づける。その指にはユーリがくれた指輪があって、彼はそれを愛おしそうに
しばし見つめた後もう一度、今度は指輪の上に口づけを落とした。

「お前がちゃんと一年後に俺のところに来てくれると約束してくれるのなら、仕事をいつまで続けようとも構わない。
お前の好きにしていい。さっきも言ったように俺が望むのは、お前が何も思い残すことなく俺のところに来てくれること。
ただそれだけだ」

何の迷いもなく淀みもなくそう言い切るユーリについつい抱きつきたくなる。
先ほど彼が『迂闊なこと』をしたくなる気持ちが今痛いほど分かって、自分から言い出したのにも関わらず
身体が疼き出してきた。左手から伝い上るその熱が胸に籠り、それを発散するかのように悩ましい吐息を吐き出す。
そしてユーリに掴まれたその手をそっと抜き出した。

手が熱い。顔も熱い。一瞬でユーリに熱を煽られて、分別が奪われそうになる。
いつもそうだ。飄々と何食わぬ顔で触れてくるユーリに翻弄されるのはこちらばかり。
それに加えて殺し文句のようなこちらが喜ぶ言葉を添えられてしまえば、もうどうしていいか分からなくなる。
リンジーの中にある『公私の区別』のラインが曖昧になってしまうのだ。

「……ありがとうございます」

 そのお礼の言葉は掠れていた。ユーリにももうリンジーの中に熱が生まれてきているのが分かっているだろう。
にやりと口の端が上がったのが見て取れた。

「では、私はもう仕事に戻ります」

「ウォルスノー」

ソファーから立ち上がり早々に執務室から出ていこうとすると、ユーリが名を呼びそれを遮る。
その声が妙に艶やかで、リンジーの肩がピクリと跳ねた。

「今日、この後ブレアフォン殿と話してどうするか決めてくるんだろう?」

「はい」

「なら、今日の仕事終わりにその結果を聞かせてくれ」

それは別に日を改めてでも。そう言おうとしたリンジーの口を、ユーリのその灰色の瞳が止める。
有無を言わさない力強いその瞳。

「待っている、リンジー」


それは団長、あなたです。2
ちろりん 著:KRN 画
8月31日発行予定 1,200円(税抜)

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