●あらすじ
 王妃ながらも我が子のお世話をしながら、日々を送るオデット。 出産後のとある小さなすれ違いを乗り越え、彼女はレオナルドから愛されている実感を得ていた。 体調も安定したオデットは、一年ぶりに舞踏会に参加することになる。みすみすレオナルドをイヴォンヌと踊らせる彼女に、外交官のハリントン伯爵は小言を漏らすが、愛されている妻の余裕からオデットはむしろ、惚気を口にするのだった。 そんな舞踏会の中でオデットは、イヴォンヌと結婚したバラデュール侯爵に興味を抱く。バラデュール侯爵は、社交界一の女好きとして有名だった。じっと見つめられていたことに気付いた侯爵は、オデットに近づき……。
●立ち読み
 オデットが扇の下で我慢できないという感じで、カカカと笑い始める。
  苦々しい顔をして伯爵が姿勢を正した。
「男って目の前に女の裸があれば全力で愛せるものなんですよ」
「ミシェルは違うだろう?」
「私は目の前の裸が女ではなく男なだけで、やっぱり考え方は男です」
  肩を竦める伯爵に、オデットは呆れ顔だ。
「男といえば、私は一度、バラデュール侯爵と話してみたいな」
 舞踏会場の中央、巨大シャンデリアに灯された無数の蝋燭の炎のもと、侯爵が可愛らしい淑女とにこやかに踊っていた。
「それはそれでまた別の心配が……」
   伯爵が片眉を上げた。
「は?」
 バラデュール侯爵は社交界一の女好きでならしていた。
 オデットがじっと見つめていると、ダンスをしながらも、すかさずそれに気づいてウィンクで返すくらいの目ざとさもある。ダンスが終わると、一直線でオデットのほうに向かってきた。
「あぶれた者同士で、ダンスはいかがでしょう?」
   侯爵がかしずくように、だが、優雅に少し膝を曲げてオデットの手を取った。そのとき彼が少し屈んだせいか、ふわっと官能的な香りが立つ。その上目遣いの野心的な眼差しも相まって、むんむんむんと誘惑オーラが立ち上る。
 ——なんだ、この独特の匂い……いや違う、雰囲気? これが噂のフェロモンなのか?
 背に手を回され、ダンスが始まった。この珍しいコンビに注目が集まる中、侯爵の腕の中で滑るようにオデットは踊る。
「おお! 侯爵、すごく踊りやすいぞ」
「光栄です。王妃殿下、王太子様をご出産されて、ますますお美しくなられましたね」
 オデットは乾いた笑いを浮かべた。
「それはどうも」
「私に視線を送ってきたということは……私の妻のことが気になっていらっしゃいます?」
  オデットはハハッと笑いながら、侯爵が掲げた手の下でくるりと回る。
「悪いがうちの夫は私に夢中なもので、それはない」
 侯爵が僅かに目を見開いた。
「それはそれは、我が国も安泰ですね。では、なぜご興味を?」
 オデットは声のトーンを下げる。
「気を悪くするなよ。ある男性が、あ、レオンではないぞ! 彼が、侯爵はイヴォンヌの体が目当てみたいなことを言うんだけど、本当かな?」
 侯爵は困惑の表情で片方の眉をぴくりと上げた。
「それって王妃陛下の外交官ではありませんか?」
「バレたか」
「推察はそんなに外れていませんね。イヴォンヌは王妃になれるものとばかり思っていたのに、国王様が選ばれたのは、オデット様。私はそこにつけこんで結婚に持ち込んだんですよ」
   侯爵がいきなり包み隠さずに内実を明かしたので、今度はオデットが面食らう番だ。
「え、ええと、それはなぜ?」
「私は、ああいうわがままなお嬢様が好みでしてね……」
「そうか。結婚できてよかったな」
「まあ……そうですね」
   侯爵は視線をずらして寂しげな微笑を浮かべた。
   オデットがその視線の先に目をやると、そこにはレオナルドと楽しそうに踊るイヴォンヌの笑顔があった。
 ダンスが終わり、赤いベルベットの上にオデットが戻ると、超絶不機嫌なレオナルドが脚を組んで黄金の玉座に座っていた。背後のベルベッドには王家の貝と龍の紋章が掲げてある。
 傍らに立つハリントン伯爵が、困ったように眉を下げていた。
 そんなことを意に介さず、オデットは自慢げに口の端を上げる。
「ただいま。どうやら私は密偵としての才能もあるようだ」
 二人が揃って怪訝そうな眼差しをオデットに送っているのに、彼女の目は自信ありげに光った。
「侯爵はイヴォンヌにぞっこんだ!」
 レオナルドは冷めた視線を送った。
「まあ、結婚してるんだから、愛情はあるだろうよ。だけど、それがあんたとなんの関係がある?」
「相思相愛になればいいなって」
  伯爵が口を挟んできた。
「夫婦間のことは二人にしかわからないから、部外者がとやかく言ったり、仲良くさせようとしたり、余計なことをしないほうがいいですよ」
「ミシェルが言うか!」
「伯爵に言われたくない」
 二人から同時に非難されて、伯爵は、しまったとばかりに口に手を当てた。


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