●あらすじ
 王太子妃のお茶会を終え、部屋に戻ったレオノーラ達。そこでレオノーラ達は、王城での人々の様子に疑問を抱くことになる。  お茶会に居合わせたカトリーヌや赤毛の騎士達と交流のあるように見えたカルロに話を聞き、王城の人々については彼に任せることとなった。  話が終わったとき、そこへレオノーラの侍女であるマリーテが戻ってくる。彼女は朝食以外碌に食べ物を口にしていないレオノーラを案じて、先程のお茶会に出されていたタルトを勧めるのだった。  クロセラとレオノーラ、二人のことを思い気遣ってくれるマリーテ。レオノーラはそんな彼女の心遣いに感謝して、用意してもらったタルトに手を伸ばす。
●立ち読み
「カトリーヌ様といい、あの赤毛の騎士……。使用人達……。クロセラの様子……。何か腑に落ちない……。そうまるで——人が変わってしまったかのよう。感情のままに動いてるようにも感じる……。何かに操られているような……」

「ああ。俺もそう思う。まるで欲のままに動いているようだ……。レオノーラの怒りは分かるが、今回の件は俺に任せてくれないか? ちゃんと償いはさせる。頼む……」

 彼女と同じ違和感をカルロも覚えていたようだ。

「分かったわ、カルロ。どうなったかだけは教えて……」

 自分の中にある怒りは、収まりはしないが……カルロの気持ちを思いやり委ねることにした。彼女の青緑の瞳に怒りが映っている。微かに緑色を増しているその瞳に、カルロは見入ってしまう。 いつも冷静な彼女が感情をあらわにするのは、アルウィンのことだけだ。密かに羨ましいと思う自分に、カルロは眉を顰めた。その感情にまたもや、見て見ぬ振りをする。
 レオノーラの部屋に、お茶のセットを運びながらマリーテは戻って来た。児童養護施設への慰問で襲撃未遂にあい、クロセラとのお茶会が散々に終わり、朝食以外、碌に食事をしていないレオノーラをマリーテは心配をした。カルロとの話が終わるころを見計らって、摘めるお菓子とお茶の用意をしてきた。

「レオノーラ様、ドレスの染みは何とかなりそうです。お話がお済みのようなら夕食までお菓子でもお摘み下さい」

「それはいい案だ。レオノーラ、腹に何か入れた方がいい。上の三階にカトリーヌ嬢とドリッシュが滞在しているんだ。こんな目先で何もしないと思うが、同じ西棟だからな。念のため俺は警護を強化するようにプレイラ伯に相談してくる」

 カルロは膝に手を置き椅子から立ち上がると軽快な口調で話し、部屋から出て行った。でも、薄らと微笑んだ顔が寂しそうに見える。彼女には、カルロの想いを図り知ることは出来ない。

「さあレオノーラ様、お茶にいたしましょう」

 マリーテにお茶を勧められ、彼女はカルロを気にしながらもそちらに意識を移した。

「そう。ドレスはなんとかなりそうなのね……良かった。マリーテ、ありがとう。いつものようにハーブのお茶で……」

 レオノーラは、椅子に腰を下ろしながらお菓子の皿を覗き込む。その中には先程のお茶会で出されたタルトもある。

「これ、お茶会のタルト……」

「はい。……せっかくですので……。またクロセラ様に何かお持ちする時があれば、レオノーラ様 もお好みをご存知の方が良いかと思いまして。それにもしクロセラ様が自ら用意されたのなら、レオノーラ様にお召し上がりになってほしかったのではないかと……」

 遠慮がちに顔をほころばせ悲しそうに笑うマリーテ。もし用意したのがアンナではなくクロセラだったとしたら、きっと姉に食べさせたかったのではないか。彼女が果物を使ったお菓子類が好きなのを、妹であるクロセラはよく知っていた。それをマリーテは汲み取ったのだろう。
 彼女は少し迷った。クロセラのお茶会に出された物は、あのアンナが用意したものだ。あまり気が進まない。でも、本当にクロセラが選んだものだとしたら、レオノーラもクロセラの気持ちを汲み取りたいと思った。それに、王太子妃のお茶会で怪しいものなんて、いくらなんでも出さないと思う。マリーテのクロセラに対する優しい思いもレオノーラは察していた。彼女はマリーテに微笑み、タルトをフォークで一口大に分け口に入れる。
 ほのかな甘ずっぱさとラム酒の香りが口の中に広がる。甘すぎず確かに美味しい、彼女好みのお菓子だった。

「……美味しい。マリーテも食べる? この味を覚えて、クロセラにもっと美味しいお菓子を作ってあげましょうね」

 マリーテは嬉しそうに微笑み大きく頷くと、レオノーラの片腕に手を回した。

「大好きです。レオノーラ様」

 彼女は、マリーテを優しく見上げた。だがこの選択が良くも悪くも彼女を悪夢へ誘い、忘れてい た幼いころの記憶を思い出させることになる。
 その後、レオノーラは昨日からの出来事を兄アルシオールと父のメルオーシュ侯爵に手紙を認めようとペンを手に取った。だけどなぜだか思うように考えが纏まらない。異常に眠い……。
 彼女の目の前のランプの灯が揺れる。一日いろんなことがあり過ぎたせいなのか——? 
 レオノーラは、寝台に移動すると倒れるように沈み込み意識を手放した。


頬にサヨナラのキスを 2
宇佐美月明 著:壱也 画
2月28日発行 1,200円(税抜)

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